デジタル写真雑感: strawworld(2号館)

2019年06月22日

デジタル写真雑感

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. 花見(さくら)リビングストンデージーパラダイス 大分県竹田市久住町 この写真とは全く対照的な写真へと仕上がるフィルムカメラを持つ若い人が結構いることは知っている。クッキリ、メリハリのあるデジカメ画像に対して、フィルムの淡い色調など優しい表現を好ましいと感じる人たちがいるのだろう。 ところでその人たちはデジタル化について理解があるだろうか。せっかくフィルムで撮ってもフィルムスキャナーを通せばそれはもうデジタルデータであり、量子化された時点でアナログデータの一部は棄捨されており、論理的に考えればデジカメで撮った画像をフィルム調に加工したものとアウトプットに差異はなくなってしまう。すなわちフィルムカメラの良さは携帯のようなデジタル機器に表示させたり、デジタルプリントしたりの時点で失われており、すべての工程をアナログで行うにはフィルム現像ののち、暗室で焼き付けまでやらないと意味がないと言うことになる。私は写真を始めたのは3年前だが、高校時代、暗室で現像焼き付けをやった経験を持っているし、デジタルとアナログの違いがわかっているので、フィルムでアナログを極めるならそこまでやらなきゃと思ってしまうのだ。 フィルムカメラの使いづらさを経験した私にとって、使うべきカメラは最新鋭のデジカメであり、気持ちの上で使いたいカメラとしてもフィルムカメラは選択肢に上がらない。後から旅の思い出が蘇るとか、オールドカメラにファッション性を感じるとかは全くない。大人になるまでに体験しまくっているのでそう言ったいわゆるレガシー的なものに興味はない。 利便性、快適性こそ全てで、骨の髄まで科学技術の進歩の恩恵にあずかりたい考える私は当然キャンプや山登りなど、文明生活から距離を置くような趣味なんて持つことはない。カネは払うから上質なサービスを提供しろと思ってしまう。 フィルムカメラやクラッシックカーを持つ人たちへの共感など正直感じない。 けれどもその感覚を理解できないことはないし否定もしない。 逆に、感覚を前面に押し出し、「写真は見たまま感じたままだろ」とか言ってるヤツらから、私自身への共感など得られるべくもないのは当然だとも思えるが、果たして彼らは私の考えに「理解」は示してくれるのだろうか。 理解できない頭の悪さと理解しようとしない偏狭な心の持ち主がご丁寧にもDMで自分の高邁なお考えとやらを主張してくる。 . . . #inspiring_shot
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 当初の目的(#インスタ医療団をフォローして医療情報を収集する)を半分忘れて、すっかりランドスケープBOOKマークと化している自分のInstagramですが。


 なかなか面白いものを見つけました。

 写真も美しいのですが、そこに添えられていた長文のコメントがなかなかに興味深かったです。特に、(大事なキモなので2回引用します)
すなわちフィルムカメラの良さは携帯のようなデジタル機器に表示させたり、デジタルプリントしたりの時点で失われており、すべての工程をアナログで行うにはフィルム現像ののち、暗室で焼き付けまでやらないと意味がないと言うことになる。

 これは、全くその通りで、だからこそ、きっちりこれをやり遂げた写真、、、というよりは敢えて「光画」と呼びたいのですが、、、。というのは、全身が泡立ち、総毛立つほどの力量を持って両眼を通して襲いかかってくるんです。

 音楽はやっぱり生が一番、どれほどの音響装置を揃えたところで録音されたものを再生したところで生演奏には叶わない、とよく言われますが「光画」も同じようなものなのかもしれませんね。本物のプリント、きっちりとプロのプリントマンの技術を通して印画紙に焼き付けられた本物、それはデジタルデバイス越しのそれとはとまるで違う力量を持ったもので、全く違うものと言っていい(と、個人勝手に思っています。だからこそ、その本物に触れる数少ない機会であるゼラチンシルバーセッションが活動休止するのが凄まじく寂しい)

 デジカメが撮影したデジタル写真と銀塩写真をどっちが良いか比べるというのは油絵と水彩画のどっちがいいか比べるようなもので、元々の絵の具が違うのだから出来上がる絵が違っていて当たり前で、無意味な事ではあります。フィルムで撮影した素材のデジタル化というのは、記録を残すための仕事、なのでしょう。フィルムそのものの良さ≠ェ失われてしまっても作品の魅力は残さないと、影も形もなくなってしまってはもともこもないですから。

 フィルムをデジタル化した瞬間にその良さが半減するのであれば、案外、デジタル写真をプリントアウトした時にもそれと同じことが起こっているのかもしれませんね。デジタル写真はそれを撮影して、調整したカメラマンと全く同じ条件のデジタルデバイスで鑑賞しないと、本当の良さが伝わってこなかったりして、、、?



 
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posted by warbie at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真(閲覧・感想)
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